原子
身の回りの物質が原子から出来ているということはご存知だと思います。
古代ギリシャ時代以来、そもそも原子という言葉が、「それ以上分割することができない最小の粒子」という意味を持っていました。
原子は英語で atom と言います。プログラミングで「atomic な処理」と言えば「分割できない処理」という意味ですよね。それと同じです。
しかし現在では、原子は分割可能であることがわかっています。
原子は原子核と電子から出来ています。
原子核はさらに陽子と中性子から出来ています。
このあたりまでは中学校の理科でやりましたよね。
陽子と中性子をまとめて「核子」と呼ぶこともあります。
1960年代までは、陽子と中性子が素粒子であると考えられていました。
しかし当時、物理学の観測技術が飛躍的に発展する中で、陽子と中性子によく似た粒子(ハドロン)が大量に発見されました。
そのため、物理学者たちは「この世界を構成する根本たる粒子がこんなに何種類も存在するはずはない。もっと少数の基本粒子からなる、シンプルな体系があるはずだ」と考え、より基本的な粒子を探し始めました。
物理学者というのは、世界を記述する、よりシンプルで美しい法則を探すことを目標としています。ロマンです。
あ、ちなみに、電子は素粒子です。
クォーク
1964年、アメリカ人物理学者マレー・ゲルマンら数名によって、陽子や中性子を構成するさらに基本的な粒子としてクォークが提唱され、4年後の1968年に、実験によって最初のクォークの存在が確認されました。
ゲルマンはクォークを、小説「フィネガンズ・ウェイク」に登場する鳥の鳴き声から命名したと言われています。
作中、この鳥が「quark! quark! quark!」と3回鳴くことと、クォークが3種類の性質を持つ(と当時考えられていた)ことに由来するようです。
現在ではクォークは6種類あることがわかっています。
2つずつをペアにして、3つの世代があるという言い方をします。
第一世代 | 第二世代 | 第三世代 |
---|---|---|
アップクォーク (u) | チャームクォーク (c) | トップクォーク (t) |
ダウンクォーク (d) | ストレンジクォーク (s) | ボトムクォーク (b) |
陽子はアップクォーク2個とダウンクォーク1個、中性子はアップクォーク1個とダウンクォーク2個から出来ています。
この世界の主な物質は原子から出来ています。
原子は電子と陽子と中性子、陽子と中性子はアップクォークとダウンクォークからできています。
つまり素粒子レベルで見ると、この世の物質は電子とアップクォークとダウンクォークの 3 種類だけでできているということになります。
より世代が上のクォークはどこへ行ってしまったのでしょうか?
これは、存在が不安定なので、より安定なアップとダウンに変身して消えてしまったのです。
ですから、第二世代より上のクォークは実験室で作り出さねばならず、しかも、作り出してもすぐに消えてしまいます。
クォーク発見の歴史
1964 年、ゲルマンがクォークの存在を提唱しました。
当時彼は、クォークは3種類あると考えていました。アップ、ダウン、ストレンジの3つです。
この3種類は1968年に発見されました。
次いで1970年に、前回も紹介したグラショウらによって、チャームクォークが提唱され、74年に実験によって存在が確認されました。
余談ですが、アップとダウン、トップとボトムは命名法則が何となく似ているのに対し、チャームとストレンジは風変わりな名前を持っています。
深入りは避けますが、クォーク理論以前に、ハドロンのある奇妙な性質が問題になっており、これが「ストレンジネス」と呼ばれていました。
後に、ストレンジネスをもたらすのはストレンジクォークであることがわかったため、このように命名されました。
その後、アップに対してダウンというペアがあるように、ストレンジクォークに対しても対になるクォークがあるのではないかということが期待され、探求が始まりました。
これは、皆が見つかって欲しいと思っていた粒子なので、「魅力的な」という意味を込めて「チャームクォーク」と命名されました。
そして1973年、日本人物理学者の小林誠、益川俊英の両名によって「小林・益川理論」が提唱されました。
この理論によって、クォークは全部で6種類あるということが予言され、未発見の残り2つがトップとボトムと命名されました。
ボトムクォークは1977年に、トップクォークは1995年に、実験によって存在が確認されました。
小林、益川の両名が、この功績によって2008年にノーベル物理学賞を受賞したのは記憶に新しいことでしょう。
こうしてみると、ボトムまでは割と順調に見つかっていたような印象を受けますが、そこからトップまでには長い時間がかかっていることがわかります。
物理学者の探求心には頭が下がりますね。
なお、小林、益川と同時にノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎の研究は、二人の研究とはまた異なったものです。
南部が提唱したのはヒッグス粒子に関係する法則であり、小林・益川理論よりもだいぶ基礎的な研究であるらしいです。
クォークと電荷
陽子は +1、電子は -1 の電荷を持っています。中性子は電荷を持ちません。
原子として存在している状態では、陽子と電子の数が釣り合って、原子全体としては中性になっています。
この状態から電子の数が増えたり減ったりすると、全体の電荷がプラスに傾いたりマイナスに傾いたりします。この状態が「イオン」ですね。
これは中学校の理科で習ったと思います。
先ほども書きましたが、陽子はアップ 2 個とダウン 1 個、中性子はアップ 1 個とダウン 2 個からできています。
さて、アップとダウンが、それぞれ単体ではどういう電荷を持っていれば、陽子が +1、中性子が 0 の電荷を持つことができるでしょうか?
正解は、アップが +2/3、ダウンが -1/3 です。
陽子はアップが 2 個とダウンが 1 個ですから、(2 + 2 - 1) / 3 = +1、中性子はアップが 1 個とダウンが 2 個ですから、(2 - 1 - 1) / 3 = 0 となります。
よくできていますね。
クォークの閉じ込め
記事冒頭で、「素粒子とは、それ以上分割することができない最小の粒子である」と言った後で、「内部構造を持たない粒子」と言い直しました。
「それ以上分割することができない」という表現はわかりやすいのですが、クォークを語る際は問題があります。
物質を分解して原子に、原子を分解して核子にすることはできるのですが、核子を分解してクォークを取りだすことは、実はできないのです。これを「クォークの閉じ込め」と言います。
ですから核子は、「クォークという内部構造は持つが、分割することはできない粒子」ということになります。
核子の中には、クォーク同士を結び付ける紐のようなものがあると思ってください。
で、不思議なことに、クォーク間の距離を離せば離すほど、この紐は反発するように、そのエネルギーを強めていくのです。
そうすると、あるところで、紐に蓄えられたエネルギーが、何もないところからクォークを新たに生み出すエネルギーより高くなってしまいます。
すると紐はぷっつりと切れるのですが、その切れた端点には新しいクォークがくっついています。
つまり、新しいハドロンが生まれてしまったわけで、クォークを単独で取り出すことは、やはりできないのです。
おわりに
当初、今回は「フェルミオン編」と題していたのですが、これに加えてニュートリノまで一気にやるのはしんどいので「クォーク編」と改題しました。
というわけで次回は「レプトン編」です。
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